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心理的安全性がなければプロセス改善は進まない?

プロセス改善に関するさまざまなご相談を日々お聞きしますがその中でも「プロセスを構築したが開発現場で使われていない」、「Automotive SPICEを顧客から要求されているが、開発業務が忙しく対応してもらえない」といったご相談をよく受けます。改善活動が一向に進まないお客様の話を聞けば聞くほど、さまざまな要因が見えてきますが共通して「心理的安全性」の不足を何度も確認してきました。具体的には開発現場でプロセスが使われていないことについて関係者間で率直に話し合えず、解決策を導き出すための対話が不足していました。これに対して関係者間で率直に話し合える状態であれば「心理的安全性」があるといえます。

翻って新しいISO規格が発行され、アセスメントモデルが大きく変わっても、昔も今も改善活動を進められたお客様の話を聞いていると組織またはチームに「心理的安全性」の存在を必ず確認できました。規格やモデルの理解を深め、プロセスやプロセス資産、開発環境をどれだけ整えても、組織あるいはチームに「心理的安全性」が不足していれば改善活動は進まない可能性があります。「心理的安全性」はテクニックや特効薬ではなく、聞けば当たり前のことかも知れませんが今回は当たり前のことをお伝えします。

「心理的安全性」は1999年に組織行動学を研究する米国のエイミー・エドモンドソン博士が提唱した心理学用語で「チームの他のメンバが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確認できる状態」を示します。博士の著書(1)の中では、端的に「心理的安全性が高いとは、自分の気持ちや考えを率直に話せる状態」とも述べられていました。「心理的安全性」を損なう要因として、「能力がないと思われる不安」、「邪魔をしている不安」、「失敗を恐れる不安」を挙げ、「心理的安全性」が低い組織では「発言するリスクの回避」、「ミスの黙認」や「ミスの見過ごし」が発生するとも言われています。

「心理的安全性」が損なわれていた事例の一つに、フォルクスワーゲンで起こったディーゼル車の排気ガス不正測定のスキャンダルが挙げられています。不安と脅しによって売り上げを生み出す経営者が作り出した組織の文化について説明されていました。スキャンダルを生んだメカニズムの詳細は博士の著書に委ねますが、インタビューで不正行為を知っていた製造技術者は「率直に話すなんて危ないまねはできない」、「沈黙していたために解雇された人は、これまで1人もいない」と言っています。

一方、グーグルが2012年から4年間の歳月を費やした社内の労働改革プロジェクト「プロジェクト アリストテレス」の事例では、成功し続けるチームは「心理的安全性」が高く、離職率が低く、他のメンバが提案した多様なアイデアの活用がうまく、マネージャーから評価される機会が2倍になることが明らかにされていました。

具体的にプロセス改善に「心理的安全性」はどのような関りがあるのでしょうか。日本で実施されたサーベイ調査(2)がそのヒントを示してくれました。その中で新しいサービスや新製品につながる「問題発見と解決行動」、「重要情報の収集行動」、「顧客優先行動」、「発案と提案行動」の4つの行動と心理的安全性の相関関係が示されています。実際に複数の企業へのアンケート調査が実施され、重回帰分析の結果から「心理的安全性」が高ければ4つの行動が増えると述べられていました。

「心理的安全性」が低く、「問題発見と解決行動」、「重要情報の収集行動」、「顧客優先行動」、「発案と提案行動」が少ない組織やチームが改善活動を進めるのが難しいことは容易に想像ができると思います。問題や課題が黙認され、提案や発言が受け入れられない状況では、関係者が協力して、経験のない新しい活動を始めることは困難を極めます。

では「心理的安全性」は何をすれば高くなるのでしょうか。エドモンソン博士は著書の中で「心理的安全性」が高い組織の例として、映画監督に面白くないところを繰り返しフィードバックして「トイ・ストーリー2」のようにおもしろい作品を作り上げるピクサー、組織の学習につながる失敗を社内で表彰するグーグルX(発明と研究を担うグーグル親会社アルファベットの社内独立部門)の事例を取り上げています。

いずれの企業も心理的安全性の土台をつくるために組織のあらゆるレベルのリーダが、失敗を当たり前とし、率直な発言の必要性を明確にして、危機にさらされるものが誰にとって重要であるのかを示していました。完璧でないことを認め、よい質問、集中して「聴く」手本を示し、意見の収集やディスカッションのためのガイドラインを示し関係者に参加を求めます。最後に感謝を表し、未来に目を向け、ときには支援を申し出る、次のステップについて話し合い(例えばブレーンストーミング)ます。またディスカッションのためのガイドラインに対する明らかな違反については、制裁措置をすることも述べられていました。

弊社のワークショップでは、改善活動に関わる方々の対話の場として利用していただくことを意識して工夫してきました。ワークショップを通じて関係者の方々が率直に自分の思いや考えをお話できるような話の運びや質問をします。また初めてプロセスを定義する、あるいは初めてプロセスにしたがい開発して生まれた失敗は当たり前であること、1回で合格点は取れないことを何度も関係者の方と共有します。失敗してもいいから最初の一歩を関係者の方に踏み出してもらえれば、動かなかったプロセス改善の活動が少しずつ動き始めます。また、お客様のリーダの方が心理的安全性を高める発言や振る舞いをされている場合は、その後押しをすることも私たちの役目と認識しています。

最後に改善活動が進まず悩まれている方は、プロセス定義や手順、ガイドラインの整備やトレーニングから少し視点を変えて心理的安全性を確認してみてはいかがでしょうか。もし心理的安全性の不足がプロセス改善の障壁になっている場合はお気軽にご相談ください。

2022/10/14 西門 克郎

参考文献
(1) エイミー・C・エドモンドソン,
「恐れのない組織―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」, 2021年, 英知出版
(2) 高石光一「従業員の学習目標指向性が革新的行動に及ぼす影響過程:調整変数としての心理的安全性及び媒介変数としての受益者接触との関連メカニズムについて」, 2020年, 『商学集志』第90巻, 日本大学商学部