今回は、4月号「Automotive SPICEにおけるプロセスの解釈について(プロジェクト管理(MAN.3))」に続いて、要件抽出プロセスを対象に、よく見られる弱みの1つであるの「利害関係者要件の合意」について解説いたします。
Automotive SPICEにおける、SYS.1 要件抽出プロセスは製品および/またはサービスのライフサイクルを通じて変化する利害関係者のニーズおよび要件を収集、処理、および追跡することが目的です。なかでも、プロジェクトの成功に重要な要素の1つが「利害関係者要件の合意」になります。利害関係者と利害関係者要件に対して、共通の理解が得られた上での合意することです。では、皆さんは「利害関係者要件の合意」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか?
ここで、日常生活を例に考えてみましょう。例えば、夫が妻から仕事帰りに買い物を頼まれたとします。妻は夫に「牛乳を1つ買ってきてちょうだい。もし卵があったら6つお願い。」と伝えました。そして、夫は牛乳を6パック買ってきました。この場合、妻は夫に牛乳1パックと卵6個を買ってくることを期待していました。しかし、夫はスーパーに卵があったら、牛乳を6パック買うと解釈してしまったのです。この例えはプログラマの間では有名なジョークですが、妻(顧客)と夫(サプライヤー)の理解が一致していなかったため、顧客である妻の要件が正しく実現されませんでした。
上記の例はあくまでジョークですが、実際の自動車開発でも同じような状況が起こりえます。例として、私が実務で経験した失敗例をご紹介します。それは、故障検知タイマーのリセットに関する機能についてでした。私は「故障検知タイマーの積算値をリセットするタイミングは故障検知フラグが下りたタイミングでする」という要件をサプライヤーに伝えました。しかし、サプライヤー側ではタスクの処理優先度の問題で同じ処理の中で積算値がリセットできなかったため、「故障検知フラグが下りた次のタイミングでリセットする」と解釈されてしまい、実車試験時になってはじめてお互いの理解の違いが発覚してしまったのです。その結果、製品の作り直しが発生し、プロジェクトの遅延へつながることになりました。この経験から、私は要件合意の重要性を身に染みて実感することになりました。
このように、顧客(OEM)はサプライヤーへの要件仕様書の伝達以降は、定期的な監視としてのレビュー以外はリリースまで積極的に関与しないことが多々あります。そのため、サプライヤー側でも要件仕様書の内容を独自に解釈し、システム開発を進めてしまう傾向があります。このような問題の発生を防止するためには「利害関係者要件の合意」が重要です。要件仕様書を受領した際に、サプライヤーはまずは要件仕様書から顧客の要望を読み取る必要があります。そこから読み取った要望を顧客とすり合わせ、各要件について共通の理解が得られていうことを確認しなければなりません。改めて言われると当たり前のように聞こえますが、実際のアセスメントでは、要件の合意が十分に実施できていないプロジェクトがまだまだ多く見られます。これを機に、皆さんのプロジェクトでも顧客またはサプライヤーとの要件合意が確実に行われているかを見直してみてはいかがでしょうか。
弊社では、Automotive SPICE に含まれるプロセスを対象に実施担当者およびシステムエンジニアリングの視点を中心に必要な活動や考え方を習得いただくためのトレーニングを実施しております。アセスメントで見かけた事例やエンジニア出身のコンサルタントの経験なども織り交ぜながらお話をさせて頂いております。詳細につきましてはWebにて案内をさせて頂いておりますので、興味がある方は是非ご受講をご検討頂ければ幸いです。
2023/5/24 谷川 敏嗣
Automotive SPICE 3.1 プロセス基礎トレーニング
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