Automotive SPICEについて

Intro to Automotive SPICE

2. Automotive SPICEの歴史

Automotive SPICEの初版は2005年に発行され、現在の最新版であるV3.1に至るまで業界の動向に合わせて改定が行われてきた。
本項ではAutomotive SPICEが策定に至った経緯と、その後の歩みについて振り返る。

1990年代から2000年代における自動車の技術革新の多くは電子システムの導入によってもたらされた。 この電子化の流れは年を追う毎に大規模化、複雑化の一途を辿り、特に電子システムに搭載されるソフトウエアの開発規模、体制を一変させたのである。その結果、ソフトウエアの品質が自動車の品質に大きな影響を与えるようになり、ソフトウエア開発における品質向上が各社共通の課題となっていった。
このような課題に対し、 2000年代の初めには自動車メーカー各社が独自の品質基準を設けたり、ISO/IEC TR 15504(SPICE)などの規格に基づいた品質向上に取り組んできたりした。
しかしながら、前述の通りソフトウエア開発における品質を向上させたいという狙いは各社共通であり、欧州の自動車メーカーを中心に共通のプロセスモデルを策定しようとする動きが始まった。これがAutomotive SPICEの策定に繋がっていったのである。

Automotive SPICEの策定はSPICEユーザグループと欧州の共同調達フォーラムの共同部会であるAutomotive SIGによって進められ、ドラフト版の先行公開を経て2005年8月に正式版PAM V2.2が発行された。

当時、車載システム開発の分野でプロセス改善を支援していた当社は、Automotive SPICE公式日本語訳を引き受け、2006年6月にPAM V2.2の日本語版を公開したり、国際アセッサー認証機構(現intacs)を設立パートナーとして支援したりするなど、アジア地域におけるAutomotive SPICEの普及を本格化させていったのである。

2006年には日本における第1回目のintacs認定ISO/IEC 15504 アセッサートレーニングが開催された。(当時のアセッサー認定機関はiSQI) その後、2008年にドイツVDA QMCがAutomotive SPICEに特化したアセッサー認定機関となり、intacs認定のAutomotive SPICEアセッサートレーニングへと移行していったが、当社においてはこれまでに延べ1150名を超えるアセッサー候補者にアジア地域でトレーニングを提供してきた。
intacs認定アセッサートレーニングが始まって以降、日本のアセッサー数は世界第二位を維持してきたが、特に2007年のHIS(ドイツ系自動車メーカー5社による団体、2016年に活動を終了)によるAutomotive SPICE義務化の宣言、2011年のISO 26262発行のタイミングにおいては、日本のアセッサー数が飛躍的に増大した。

Automotive SPICEの初版が策定されてすでに10年以上が経過しているが、この間に車載電子システム開発を取り巻く変化に対応する形でAutomotive SPICEの改編が繰り返されてきた。
その中でも特に大きな影響を与えたのが、自動車向け機能安全規格ISO 26262の対応に向けた各社の取り組みである。

また、V3.0ではAutomotive SPICEの構造に大きな変化が現れた。
プラグインコンセプトの導入である。
従来のAutomotive SPICEは、ソフトウエア開発を主な対象として捉え、ソフトウエア開発とその上位概念であるシステム開発をエンジニアリングプロセスの範囲としてきた。しかしながら、前述の機能安全対応の流れもあり、ソフトウエア開発だけに焦点を当てるのではなく、システム全体をその対象とすべく、システムエンジニアリング(SYS)をソフトウエアエンジニアリング、機構系ハードウェアエンジニアリング、電気・電子系ハードウェアエンジニアリングを含む各ドメインエンジニアリングの上位に位置づけ、それに対してドメインエンジニアリングをプラグイン可能な構造とした。

他にも、V3.0からはAutomotive SPICEの策定をVDA QMCのワーキンググループAK13が担うようになっており、V3.1ではV3.0で導入された構造を維持しつつ、同ワーキンググループによって新たに策定されたAutomotive SPICE Guidelinesのリファレンス先としても位置づけられている。

Automotive SPICE Guidelines V1.0は、個々のアセッサーにおけるアセスメント結果のバラつきを抑え、精度の高いアセスメントを行うための指針として2017年に策定された。このガイドラインにはアセッサーが従うべきルール、推奨事項が詳細に定義されたものである。また、本ガイドラインには、VDAスコープと呼ばれるプロセスの範囲が新たに定義された。これは、従来HISがアセスメントにおいて優先度の高い15のプロセスをHISスコープと定義していたものを継承したものであり、Automotive SPICE V3.0以降の構造に合わせて16プロセスがその対象となった。
また、Automotive SPICE V4.0の発行に伴い、Automotive SPICE GuidelineもV2.0が発行された。
V1.0は、アセッサーの共通理解を深めることにつながったものの、多くのルール、推奨事項が定義されたことで、アセスメントにおいてそれらを確認するための労力が大きく増えていた。V2.0では、従来のガイドラインにおける課題を解消すべく複数の改良が行われた。
本ガイドラインの内容については、後の章で詳しく説明する。

次にV4.0ではAutomotive SPICEに2つの変化点が加えられた。
1つ目の変化点はプロセスの追加と削除、位置づけの変更で以下の内容で行われた。
追加されたプロセス:
・HWE.1~4:ハードウエアエンジニアリングプロセス群
・MLE.1~4:機械学習エンジニアリングプロセス群
・SUP.11:機械学習データ管理
・VAL.1:妥当性確認
削除されたプロセス:
・SUP.2:検証
・SUP.4:共同レビュー
・SUP.7:文書化
・SPL.1:サプライヤー入札
・ACQ.4以外の取得プロセス
※削除された取得プロセスの内容は、Automotive SPICE for Cyber SecurityのACQ.2に集約

位置づけが変更されたプロセス:
・REU.2:製品の再利用管理
※V3.1までは組織的な再利用の仕組み(再利用プログラム)に基づいた再利用を想定していたが、V4.0ではベースモデルに基づいた再利用を想定する位置づけに変更された。

なお、Automotive SPICE for Cyber Securityは、V4.0に内包されていないが、V4.0の構造に合わせて更新予定である。
また、当初予定されていたMEE(機械エンジニアリングプロセス)は、他プロセスを優先させる都合によりV4.0への内包は見送られた。
次バージョン以降では、このMEEに加えてISO 26262に対応した機能安全PAMの導入が検討されている。
他に、近年AI技術の発展に伴い、Automotive SPICEとAIの連携について注目されている。
例えば、AIモデルの設計と検証にもAutomotive SPICEが適用される。 特に、ソフトウエア要求の分析や詳細設計の段階で、AI技術を用いた自動化ツールやシミュレーションを活用することで、設計の精度と効率を向上させることができる。これにより、設計段階でのエラーを早期に発見し、修正することが可能になる。


出典:VDA Automotive SYS Conference 2023、VDA WG13発表資料

次に2つ目の変化点はVDAスコープである。
V3.0、3.1には、旧HISスコープを継承する形で、アセスメント対象の基本スコープとしてVDAスコープが定義されていた。
V4.0では、下図の通り基本パートに含まれる管理・支援系の5プロセスに、SYS、SWE、HWE、MLEのうち1つ以上のエンジニアリングに関するプロセス群を加えた範囲を新たなVDAスコープと位置付けた。
この新たなVDAスコープに対して、必要に応じて図下部のフレックスパートのプロセスがアセスメント対象として追加される。


出典:VDA Automotive SYS Conference 2023、VDA WG13発表資料