Automotive SPICE(開発現場向け)

最終更新日: 2025.06.24

1. はじめに

現代の自動車は、もはや単なる移動手段ではなく、自動運転技術やコネクテッドカー、空飛ぶクルマなど、革新的な技術により「移動x付加価値」を追求したモビリティへと進化を遂げています。この急速な技術革新の中で、車載システムの開発はかつてないほど複雑化し、同時に品質は当然として、さらに極めて高い安全性とセキュリティが求められるようになりました。

1-1. 車載システム開発の現状と課題

今日の自動車には、100個以上のECU(Electronic Control Unit:電子制御ユニット)が搭載され、数千万行にも及ぶソフトウェアコードが動作しています。これは、旅客機のソフトウェア規模をはるかに超える複雑さです。このような状況下で、車載システム開発は以下のような深刻な課題に直面しています。

車載システム開発の主要な課題:

  • 安全性の確保:人命に関わるシステムであるため、極めて高い安全性およびセキュリティが要求される
  • 複雑性の管理:機能の増加により、システム全体の複雑性が指数関数的に増大している
  • 開発期間の短縮:市場競争の激化により、より短期間(および低コスト)での開発が求められる
  • グローバル分散開発:市場の拡大および多様化に伴って、世界中のサプライヤーと協業する必要がある

特に深刻なのは、ソフトウェアの不具合による大規模リコールの増加です。近年、自動車のリコールの約40%がソフトウェア関連の問題に起因しており、1件のリコールで数百億円規模の損失が発生することも珍しくありません。また、自動運転技術の進展により、ソフトウェアの品質が直接的に人命に関わるケースも増えています。

1-2. なぜAutomotive SPICEが必要なのか

このような背景から、自動車業界では統一された品質基準と開発プロセスの標準化が急務となりました。しかし、従来の品質管理手法では、現代の複雑な車載システム開発には対応しきれません。そこで登場したのが、Automotive SPICEです。

Automotive SPICEとは:
車載システムのソフトウェア開発プロセスを評価・改善するための国際的なフレームワークです。欧州の主要自動車メーカー(OEM)が中心となって策定し、現在では世界中の自動車業界で標準的に使用されています。

Automotive SPICEは、単なる品質チェックリストではありません。開発プロセスの「能力」を体系的に評価し、継続的な改善を促すための包括的なフレームワークです。これにより、以下のような効果が期待できます:

重要なのは、Automotive SPICEが「プロセスの品質」に着目している点です。「良いプロセスからは良い製品が生まれる」という考え方に基づき、開発プロセスそのものを評価・改善することで、結果として高品質な車載システムの開発を実現します。

2. Automotive SPICE概要

2-1.  Automotive SPICEの成り立ちと特徴

Automotive SPICEの歴史を理解することは、なぜこのフレームワークが自動車業界で広く採用されているかを理解する上で重要です。その起源は、1990年代にさかのぼります。

誕生の背景

1990年代後半、自動車業界は電子制御システムの急速な普及により、ソフトウェア開発の品質管理という新たな課題に直面していました。当時、各自動車メーカーは独自の品質基準を持っていましたが、これがサプライヤーにとって大きな負担となっていました。例えば、あるサプライヤーが複数の自動車メーカーと取引する場合、それぞれ異なる品質基準や評価方法に対応する必要があり、開発効率を著しく低下させていたのです。

統一基準の必要性:
複数の自動車メーカーと取引するサプライヤーは、各社独自の品質基準への対応に追われ、本来の開発業務に集中できない状況でした。業界全体で統一された評価基準の確立が急務となっていました。

このような状況を打開するため、2001年、欧州の自動車メーカーが中心となり、欧州調達フォーラムの中でAutomotive SPICEの策定に向けた作業部会を結成しました。この作業部会は、国際規格であるISO/IEC 15504(SPICE)をベースに、自動車業界特有の要求事項を加味したプロセスモデルの開発に着手しました。

Automotive SPICEの主要な特徴

Automotive SPICEは、自動車業界の特性を深く理解した上で設計された、極めて実践的なフレームワークです。その主要な特徴を詳しく見ていきましょう。

1. プロセス指向のアプローチ
Automotive SPICEは、最終製品の品質を直接評価するのではなく、その製品を生み出す「プロセス」の品質を評価します。これは、「安定した高品質なプロセスからは、安定した高品質な製品が生まれる」という考え方に基づいています。

この考え方は、自動車業界において特に重要です。なぜなら、車載システムの開発は長期間にわたり、多くの関係者が関わる複雑なプロジェクトだからです。個人の能力に依存するのではなく、組織としての開発プロセスを標準化・最適化することで、安定した品質を実現できます。

2. 能力レベル
Automotive SPICEは、開発プロジェクトにおけるプロセスの能力を0から5までの6段階で評価します。これにより、組織は現在の位置を明確に把握し、段階的に改善を進めることができます。一足飛びに最高レベルを目指すのではなく、着実にステップアップしていくアプローチです。

この段階的アプローチは、組織にとって非常に現実的です。すべてのプロセスを一度に改善することは不可能ですが、優先順位をつけて段階的に改善していくことで、無理なく品質向上を実現できます。

3. 二次元構造
Automotive SPICEの特徴的な点は、「プロセス次元」と「能力次元」という二次元の構造を持つことです。これにより、プロセス毎の能力レベルを区別して評価できます。

この二次元構造により、組織はプロジェクトの強みと弱みを視覚的に把握できます。例えば、「設計プロセスはレベル2だが、テストプロセスはレベル3に達している」といった具合に、プロセスごとの能力レベルの違いを明確に理解できるのです。

他の品質規格との関係

Automotive SPICEは、他の品質規格と競合するものではなく、むしろ相互補完的な関係にあります。特に重要なのは、以下の規格との関係です:

規格名主な焦点Automotive SPICEとの関係
ISO 26262
(機能安全)
安全性に関わる
システムの開発
Automotive SPICEのプロセスを基盤として、
安全性の観点を追加。両者は相互補完的
IATF 16949
(品質マネジメント)
組織全体の
品質管理体制
組織レベルの品質管理を規定。
Automotive SPICEは開発プロセスに特化
CMMI
(能力成熟度モデル)
組織の
プロセス成熟度
概念的に類似しているが、
Automotive SPICEは自動車業界に特化

重要な理解:
Automotive SPICEは、車載ソフトウェア開発に特化したプロセス評価モデルです。ISO 26262のような機能安全規格と組み合わせることで、「高品質」かつ「安全」な車載システムの開発が可能になります。

2-2. 能力レベルの概念

Automotive SPICEの能力レベルは、開発プロジェクトにおける個々のプロセスの能力を示す指標です。これは単に「できている」「できていない」というチェックリスト的な評価ではなく、段階的な能力を表現するモデルです。ここでは、各能力レベルの詳細と、それぞれのレベルで求められる状態について、わかりやすく解説します。

能力レベルの全体像

Automotive SPICEでは、プロセスの能力を0から5までの6段階で評価します。各レベルは、前のレベルの要件を満たした上で、追加の要件を満たすことで達成されます。

ここでは、実際にはAutomotive SPICEに含まれていない架空のプロセス「自己紹介文作成プロセス」を例に、皆さんが日常的に対象とすることの多い能力レベル0から3までの各能力レベルの状態をわかりやすく解説します。 (リンク:能力レベルに関するアセッサー向けの詳細情報はこちら)


[能力レベル0:不完全な]

能力レベル0は、そのプロセスにおける目的や成果が達成されていない状態を示します。 自己紹介文においては、自己紹介に必要な情報が文章に反映されておらず、自己紹介文章としての目的を達成していない場合が該当します。

[能力レベル1:実施された]

能力レベル1は、そのプロセスにおける目的や成果が最低限達成された状態を示します。
自己紹介文においては、必要な情報が文章に反映されているが、決められた書き方、決められたフォーマットになっておらず、誰もレビューを行っていない場合が該当します。 つまり、活動が属人的に実施され、作業成果物の品質も保証されていない状態です。

[能力レベル2:管理された]

能力レベル2は、実施される活動が計画され、計画に基づいて実施、監視、調整が行われていること。さらに、作業成果物が適切に管理され、作業成果物の品質が基準に基づいて保証されている状態を示します。
自己紹介文においては、文章作成が計画に基づいて実施されていること。書き方のルールやフォーマットが決まっており、レビューチェックリストに基づいたレビューも行われていることに該当します。 つまり、この能力レベルにおいては、活動や作業成果物に再現性が生まれることで、品質の向上が見られます。

[能力レベル3:確立された]

能力レベル3は、組織の経験、ノウハウに基づいて組織標準プロセスが確立されていることと、その標準プロセスに基づいてプロジェクト活動が実施されていること。さらに、プロジェクトの状況に合わせて標準プロセスをテーラリング(ルールに基づく変更)可能な仕組みがあり、継続的な改善が行われている状態を示します。
自己紹介文において、社外講演用の自己紹介文の作成を想定して作成されている標準ルールに基づいて、社内セミナー講師用の自己紹介文を作成するルールを作ることを想定したとします。社外講演用では、関連部門のレビューや承認など厳格なプロセスが求められているのに対して、社内セミナー講師用では、これらのいくつかのステップをルールに基づいて簡略化することが容認されます。
つまり、この能力レベルでは、組織のノウハウに基づいて適切なプロセス活動が実施されるようになります。

3. シチュエーション毎のAutomotive SPICE活用

Automotive SPICEは、自動車業界のさまざまな場面で活用されています。ここでは、実際のビジネスシーンでどのように使われているか、具体的なシチュエーションごとに詳しく解説します。それぞれの立場や目的によって、評価の焦点や準備すべき内容が異なることを理解することが重要です。

3-1. OEMがサプライヤー選定のための評価を行う場合

シチュエーションの背景

新規プロジェクトの立ち上げ時、OEM(自動車メーカー)は最適なサプライヤーを選定する必要があります。価格や技術力だけでなく、安定した品質でシステムを開発できる能力があることを客観的に評価することが重要です。Automotive SPICEは、この評価の標準的な物差しとして活用されます。

典型的な選定プロセス

1. RFI(Request for Information)段階
OEMがサプライヤー候補に対して、類似プロジェクトにおける能力レベルの自己申告を要求

2. RFQ(Request for Quotation)段階
技術提案と共に、過去のアセスメント結果や改善活動の証跡を提出要求

3. サプライヤー評価段階
OEMのアセッサーが直接訪問し、重要プロセスを中心にアセスメントを実施

4. 選定決定
技術力、価格、アセスメント結果を総合的に判断してサプライヤーを決定

評価の特徴と重点ポイント

評価項目重視される内容典型的な要求レベル
対象プロセスVDA推奨スコープ能力レベル2以上
評価期間通常5日間の現地評価 3日程度のポテンシャルアナリシスとして実施される場合もある
実施者OEM内部のアセッサー
または委託された外部アセッサー
Competent Assessor以上
対象プロジェクト類似プロジェクトの実績直近1-2年の実績

OEMが特に注目するポイント:
要件管理能力:要件の誤解や漏れは大規模な手戻りにつながるため
プロジェクト管理:納期遵守と問題の早期発見・エスカレーション
品質保証:独立した品質チェック体制の有無
構成管理:複雑な製品バリエーション管理能力

3-2. OEMが開発委託中のサプライヤーのプロジェクトの健全性を評価する場合

シチュエーションの背景

開発プロジェクトの進行中、OEMは定期的にサプライヤーのプロジェクト状況を確認する必要があります。これは単なる進捗確認ではなく、プロジェクトが合理的なアプローチで進んでいるか、リスクが適切に管理されているか、品質が確保されているかということを体系的に評価するものです。

評価の目的:

  • 早期の問題発見と対策の実施
  • プロセス遵守状況の確認
  • 成果物品質の検証
  • リスクの可視化と共有

フォーカスエリア

アセスメント実施時期主な確認事項
初期
(プロジェクト開始後1-2ヶ月)
・計画の妥当性
・要件の明確性
・体制の確立状況
中間
(設計・実装フェーズ)
・設計品質
・コーディング規約遵守
・問題の管理状況
最終
(テスト・納品前)
・テスト網羅性
・残存不具合
・納品準備状況

アセスメントで検出される危険信号:
・計画と実績の大幅な乖離(特に工数やスケジュール)
・要件変更の管理が不適切(影響分析の不足)
・テスト計画の不明確さ(網羅性の欠如)
・問題管理での未解決項目の増加傾向
・レビュー記録の不備(根拠が不明確)

3-3. サプライヤーがOEMへのノミネートのために第三者アセスメントを受ける場合

シチュエーションの背景

多くのOEMは、サプライヤーの能力を客観的に示す証明として、第三者アセッサーによるアセスメント報告書を要求します。これは、OEM自身がアセスメントを行う負担を軽減し、かつ客観性を確保するための仕組みです。サプライヤーにとっては、複数のOEMに対して共通的に使える「能力の証明書」となります。

第三者アセスメントの特徴

評価の独立性:利害関係のない認定アセッサーが客観的に評価
詳細な報告書:強み・弱みに加えて、改善に向けた助言を含む包括的レポート

3-4. サプライヤーが自社のプロセス改善のために内部で評価する場合

シチュエーションの背景

外部評価を受ける前の準備として、または純粋に自社のプロセス改善のために、内部でアセスメントを実施するケースです。これはもっとも柔軟性が高く、組織の実情に合わせた実施が可能です。

内部アセスメントのメリットと活用方法

メリット具体的な活用方法
コスト効率・外部アセッサーの費用が不要
・繰り返し実施可能
・部分的なアセスメントも可能
柔軟性・プロジェクトの状況に応じてタイミング調整
・重点領域の選択が自由
・評価深度の調整可能
学習効果・評価者自身のスキル向上
・組織全体のSPICE理解促進
・改善ポイントの深い理解
継続性・定期的な健康診断として実施
・改善効果の測定
・ベストプラクティスの蓄積

効果的な内部評価の実施方法

内部アセスメントを成功させるコツ:
独立性の確保:可能な限りアセスメント対象プロジェクト外のメンバーが評価
段階的アプローチ:最初は1-2プロセスから始めて徐々に拡大
具体的な改善計画:アセスメント結果を具体的なアクション項目に落とし込む
定期的な実施:年1-2回の定期実施でプロセスの定着を確認
ポジティブな雰囲気:あら探しではなく改善機会の発見という姿勢

3-5. その他の活用シチュエーション

新たな活用場面の拡大

Automotive SPICEは、従来の枠を超えて、様々な場面で活用されるようになっています。以下に、近年注目されている活用シーンを紹介します。

1. M&A(企業買収・合併)時のデューデリジェンス

開発能力が企業価値に直結する時代において、M&A時の技術評価の一環としてAutomotive SPICEが活用されています。買収対象企業の開発プロセスの能力を客観的に評価することで、統合後のリスクや必要な投資額を見積もることができます。

2. スタートアップ企業の信頼性確保

自動運転やコネクテッドカー分野で革新的な技術を持つスタートアップ企業が、大手OEMとの取引開始時にAutomotive SPICEを活用するケースが増えています。技術力だけでなく、安定した開発プロセスを持つことを示すことで、大手企業からの信頼を獲得しています。

3. グローバル開発拠点の能力標準化

多国籍企業が世界各地の開発拠点の能力を統一的に管理・向上させるためのフレームワークとして活用しています。各拠点の強み・弱みを可視化し、ベストプラクティスを水平展開することで、グローバルレベルでの品質向上を実現しています。

4. サプライチェーン全体の品質向上

Tier1サプライヤーがTier2サプライヤーに対して、簡略化したAutomotive SPICE要求を展開するケースが増えています。これにより、サプライチェーン全体の品質向上と、問題の早期発見が可能になっています。

4. 準備、対策

Automotive SPICEへの対応は、組織全体で取り組むべき活動です。しかし、それぞれの立場によって求められる役割や必要なスキルは異なります。ここでは、組織内の主要な5つの立場について、具体的な準備内容と対策を詳しく解説します。

4-1. 部門長の準備と対策

部門長の重要性

部門長は、Automotive SPICE導入の成否を左右する最も重要な立場です。単なる承認者ではなく、変革のリーダーとして組織を導く必要があります。

必要な理解とマインドセット

部門長が持つべき基本認識:

  • 投資対効果の理解:初期投資は大きいが、長期的には品質向上によるコスト削減効果が期待できる
  • 競争力の源泉:Automotive SPICEの能力レベルが取引条件となりつつある現実
  • 組織文化の変革:プロセス重視の文化を根付かせる必要性
  • 継続的改善:一時的な対応ではなく、継続的な取り組みであることの認識

具体的なアクション項目

Phase 1: 現状把握

  • 外部専門家による現状分析の実施
  • 他社の対応状況調査
  • 顧客(OEM)の要求レベルの確認
  • 自部門の強み・弱みの分析

Phase 2: 戦略策定

  • 目標レベルの設定(現実的かつ段階的な目標)
  • 投資計画の立案(人材、ツール、教育)
  • ロードマップの作成(3年程度の中期計画)
  • KPIの設定(プロセス成熟度、品質指標)

Phase 3: 体制構築

  • プロセス改善推進チームの設置
  • 品質保証部門の強化
  • 外部コンサルタントの選定・契約
  • 教育体系の構築

Phase 4: 実行・定着

  • 定期的な進捗レビュー(月次)
  • 成功事例の共有と横展開
  • 継続的な投資と支援
  • 組織文化への定着化施策

部門長がやってはいけないこと:

  • 丸投げ:「品質保証部門に任せておけばいい」という態度
  • 短期思考:「今回のアセスメントだけ乗り切ればいい」という考え
  • 形式主義:「文書さえ作ればいい」という表面的な対応
  • 罰則的アプローチ:失敗を責める文化の醸成

4-2. プロジェクトマネージャー・プロジェクトリーダーの準備と対策

PM/PLの中核的役割

プロジェクトマネージャー(PM)とプロジェクトリーダー(PL)は、プロセス改善の成果をを日々のプロジェクト活動に反映させる実行責任者です。理論と実践の橋渡し役として、極めて重要な役割を担います。

必要なコンピテンシー

プロジェクト管理への対応

PM/PLにとって最も重要なのは、MAN.3としてアセスメント対象となるプロジェクト管理プロセスの確実な実施です。以下、具体的な実施事項を解説します。

プロジェクト計画の策定

計画要素アセッサーの着眼実践のポイント
スコープ定義明確な範囲と成果物の定義・WBSの詳細化
・除外事項の明記
・前提条件の文書化
スケジュール実現可能な日程計画・バッファの適切な設定
・クリティカルパスの識別
・マイルストーンの設定
リソース計画必要スキルと工数の見積り・スキルマトリックス作成
・負荷の平準化
・外部リソース計画
リスク管理リスクの識別と対策計画・リスク登録簿の作成
・定量的リスク分析
・コンティンジェンシー計画

日常的なプロジェクト運営での実践

週次活動サイクル

  • 月曜日:週次計画の確認とチーム朝会
  • 火〜木曜日:進捗確認と問題解決
  • 金曜日:週次レポート作成と改善活動

PM/PLが陥りやすい罠と対策:

  • :「忙しくて文書化する時間がない」
    対策:文書化を作業の一部として計画に組み込む
  • :「メンバーが抵抗する」
    対策:プロセスの価値を具体例で説明し、段階的に導入
  • :「形式的な文書作成に終始」
    対策:実用的で簡潔な文書を心がける

4-3. プロジェクトメンバーの準備と対策

プロジェクトメンバーの重要性

プロジェクトメンバーは、Automotive SPICEのアセスメント対象プロセスの最前線で活動する実践者です。日々の開発作業の中で、プロセスを実行し、成果物を作成する中心的存在です。

役割別の準備内容

■要件エンジニア
必要スキル:

  • 要件抽出技法(インタビュー、ワークショップ)
  • 要件記述(EARS記法、ユースケース)
  • トレーサビリティ管理
  • 要件管理ツールの操作

実践ポイント:

  • 曖昧な要件の明確化(5W1Hの徹底)
  • 変更影響分析の習慣化
  • ステークホルダーとの密なコミュニケーション

設計エンジニア
必要スキル:

  • アーキテクチャ設計手法
  • UML/SysMLなどのモデリング
  • 設計パターンの知識
  • 設計レビュー技法

実践ポイント:

  • 設計根拠の明文化
  • インターフェース定義の詳細化
  • 設計変更の追跡可能性確保

ソフトウェアエンジニア
必要スキル:

  • コーディング規約の理解と遵守
  • 単体テストの設計と実施
  • 静的解析ツールの活用
  • バージョン管理システムの適切な使用

実践ポイント:

  • コードレビューの積極的参加
  • リファクタリングの計画的実施
  • 技術的負債の可視化

テストエンジニア
必要スキル:

  • テスト設計技法(境界値分析、同値分割)
  • テスト自動化
  • 不具合分析と報告
  • テスト管理ツールの操作

実践ポイント:

  • 要件からのテストケース導出
  • テスト証跡の適切な記録
  • 回帰テストの効率化

メンバー共通の心構え

成功するメンバーの特徴:

  • プロセスの価値を理解:「面倒な作業」ではなく「品質向上の手段」として認識
  • 継続的学習:新しい技法やツールへの積極的な取り組み
  • 協調性:チーム全体でのプロセス改善への貢献
  • 文書化の習慣:「後でまとめて」ではなく「その都度記録」

段階的なスキルアップアプローチ

4-4. 品質保証担当者の準備と対策

品質保証担当者の独立性と専門性

SUP.1としてアセスメント対象となる品質保証プロセスの実施者として、品質保証担当者は開発チームから独立した立場で、プロセスと成果物の品質を保証する重要な役割を担います。

プロセスの実践

品質保証活動の2つの側面:

  1. プロセス品質保証:定められたプロセスが遵守されているかの確認
  2. 成果物品質保証:成果物が品質基準を満たしているかの確認

効果的な品質保証活動の実施方法

活動頻度実施内容成果物
プロセス監査月次・計画との適合性確認
・プロセス実施証跡の確認
・改善機会の特定
監査報告書
成果物レビューマイルストーン毎・成果物の完全性確認
・標準への適合性
・トレーサビリティ確認
レビュー記録
メトリクス分析週次/月次・品質指標の収集
・傾向分析
・異常値の調査
品質レポート
是正措置フォロー継続的・是正措置の実施確認
・効果の検証
・再発防止策の確認
是正措置記録

品質保証担当者のコミュニケーション戦略

効果的なコミュニケーションのポイント:

  • 建設的なフィードバック:問題の指摘だけでなく、改善提案も含める
  • データに基づく説明:主観的な評価ではなく、客観的な証拠を提示
  • タイムリーな報告:問題を早期に共有し、エスカレーション
  • 協力的な姿勢:「監視者」ではなく「支援者」としての立場

4-5. プロセス改善推進者の準備と対策

プロセス改善推進者の戦略的役割

プロセス改善推進者は、組織全体のプロセス改善を推進する中心的存在です。技術的な知識とプロセス改善の管理能力の両方が求められる、高度な役割です。

組織標準プロセスの構築(能力レベル3対応)

標準プロセス構築のステップ

  1. 現状プロセスの棚卸し
    • 各プロジェクトの実践内容調査
    • ベストプラクティスの抽出
    • 共通要素と個別要素の識別
  2. 標準プロセスの設計
  3. テーラリングガイドラインの作成
    • プロジェクト特性の分類
    • テーラリング基準の設定
    • 承認プロセスの定義
  4. パイロット適用と改善
    • パイロットプロジェクトでの検証
    • フィードバックの収集
    • 継続的な改善

変革管理のアプローチ

プロセス改善推進の落とし穴:

  • 理想主義:現場の実情を無視した理想論の押し付け
  • 画一的適用:すべてのプロジェクトに同じプロセスを強制
  • ツール依存:ツール導入がプロセス改善だと誤解
  • 短期志向:すぐに結果を求めて持続性を軽視

成功する改善推進者の行動原則

7つの行動原則:

  1. 現場との協働:現場の声を聞き、一緒に改善策を考える
  2. 小さな成功の積み重ね:大きな変革より小さな改善を継続
  3. 見える化の徹底:改善効果を数値とグラフで示す
  4. 教育と啓発:なぜ必要かを丁寧に説明する
  5. 柔軟性の保持:状況に応じて方法を調整
  6. 継続的学習:最新動向を把握し続ける
  7. ネットワーク構築:社内外の推進者と情報交換

5. 最新動向、今後にむけて

自動車の開発は、CASE、さらにはSDVと変革が継続しています。2023年12月に公開されたAutomotive SPICE 4.0は、これらの技術革新に対応するため、ハードウェア開発、機械学習、データ管理などの新たな領域を包含する大幅な拡張を行いました。ここでは、これらの最新動向と今後の展望について詳しく解説します。

5-1. ハードウェア開発プロセスの統合

Automotive SPICE 4.0では、ハードウェアエンジニアリング(HWE)プロセスが新たに追加されました。HWE.1からHWE.4までの4つのプロセスは、ハードウェア開発のライフサイクル全体をカバーし、電気自動車や自動運転車の開発において重要な役割を果たします。

HWEプロセスの詳細:

HWE.1 – ハードウェア要件分析:システム要件からハードウェア要件を導出し、明確化
HWE.2 – ハードウェア設計:アーキテクチャ設計と詳細設計の実施
HWE.3 – ハードウェア実装:設計に基づく実装と製造
HWE.4 – ハードウェアテスト:厳格な検証と妥当性確認基準に基づき、ハードウェアコンポーネントが指定された要件を満たし、さまざまな条件下で信頼性高く動作することを保証

5-2. 機械学習への本格対応

機械学習は、デバイスをよりスマートにするために設計された人工知能の一形態です。Automotive SPICE® PAM v4.0内の機械学習エンジニアリングプロセスグループは、ISO/IEC 23053:2022などの規格と共に、安全性と信頼性の標準要件に準拠して、機械学習ベースのアプリケーションを自動車エレクトロニクスの開発で使用する方法を確立しています。

MLEプロセスが解決する課題

従来の開発では、要件を記述し、アーキテクチャを設計し、各ユニットの詳細を定義してコードに実装します。しかし、機械学習にはこのような形式化されたテストがありません。機械学習の検証とテストは、主にデータラベリング、トレーニング、バイアス除去、およびKPIの達成確認に基づいています。

5-3. サイバーセキュリティとの統合

自動車セクターにおけるAI市場規模は、2023年から2032年の間に年率55%で増加すると予測されています。この急速な成長に伴い、サイバーセキュリティの重要性も増しています。Automotive SPICEは、ISO/SAE 21434と連携して、包括的なセキュリティ対策を実現しています。

サイバーセキュリティ統合の重要性

コネクテッドカー向けのBluetooth、WiFi、5Gを含むセルラー、GPS、USB、およびCAN、MIPI、車載イーサネットなどの車内ネットワークといった接続プロトコルの増加、およびOTA(Over-the-Air)ソフトウェアアップデートの拡大により、サイバーセキュリティリスクが劇的に加速しています。

Automotive SPICEとISO/SAE 21434の連携:

  • V字モデルはAutomotive SPICEコンプライアンスのために自動車業界で必須であり、ISO/SAE 21434の各セクションを現実的に表現するために使用されています
  • Automotive SPICEプロセスと既存のプロセスとの連携において、Automotive SPICE for Cybersecurityの追加プロセスと実践を説明
  • ISO/SAE 21434とASPICE for cybersecurityに基づくTARA(脅威分析とリスク評価)の構造化

6. 補足:会社の立場別にみるAutomotive SPICE

Automotive SPICEに基づくアセスメントやプロセス改善への取り組み方は、サプライチェーンにおける立場によって大きく異なります。ここでは、OEM、Tier1サプライヤー、Tier2サプライヤーそれぞれの視点から、Automotive SPICEとの向き合い方を解説します。

6-1. OEM(自動車メーカー)の視点

OEM戦略的活用者としての立場

OEMにとって、Automotive SPICEは単なる評価ツールではなく、サプライチェーン全体の品質を管理する戦略的なフレームワークです。
主要な活用方法

活用場面目的期待効果
サプライヤー選定開発能力の客観的評価・品質リスクの低減
・開発遅延の防止
開発プロジェクト管理進捗と品質の可視化・早期問題発見
・コミュニケーション改善
継続的改善サプライヤー能力向上・イノベーション促進
・競争力強化

OEMの責任と役割

  • 明確な要求設定:どのプロセス、どのレベルを要求するか明確化
  • 支援と育成:サプライヤーの能力向上を支援
  • 公平な評価:一貫性のある評価基準の適用
  • 長期的視点:短期的なコスト削減より長期的な品質向上を重視

OEMのベストプラクティス:

  • サプライヤーへの要求レベルの明確化と合意
  • サプライヤーとの共同改善活動
  • アセスメント結果のフィードバックと改善状況の継続的監視
  • 自社プロセスへのAutomotive SPICE適用
  • アセッサーの育成

6-2. Tier1サプライヤーの視点

Tier1実践者かつ要求者としての二面性

Tier1サプライヤーは、OEMからの要求に応える「実践者」であると同時に、Tier2サプライヤーに対する「要求者」という二面性を持ちます。
対OEM戦略

差別化要因としての活用:

  • 高い能力レベルの達成による競争優位性確保
  • 新規ビジネス獲得の武器として活用
  • グローバル展開時の共通言語として利用

対Tier2戦略

サプライチェーン管理:

  • 重要コンポーネントサプライヤーへの要求展開
  • 簡略化したSPICE要求の設定
  • 評価と支援のバランス

内部強化のポイント

  1. プロセス改善体制の確立
    • 専任のプロセス改善チーム設置
    • 定期的な内部評価実施
    • ベストプラクティスの水平展開
  2. 人材育成の体系化
    • 全社員への基礎教育
    • キーパーソンの専門教育
    • 内部アセッサーの育成
  3. 投資の最適化
    • ツール導入のROI評価
    • 外部支援の効果的活用
    • 改善活動の優先順位付け

6-3. Tier2サプライヤーの視点

Tier2効率的な対応が求められる立場

Tier2サプライヤーは、限られたリソースで効率的にプロセス改善を進める必要があります。すべてを完璧に実施するのではなく、重点化と段階的アプローチが重要です。
リソース制約下での工夫

効率化のアイデア:

  • 既存資産の活用:ISO 9001等の既存文書をベースに拡張
  • 段階的導入:パイロットプロジェクトから開始
  • 外部リソース活用:コンサルタントの部分的活用
  • ツールの取捨選択:必須ツールに絞った導入
  • 知識共有:同業他社との情報交換

立場を超えた共通の成功要因

OEM Tier1 Tier2 共通の成功要因 サプライチェーン全体での協調

すべての立場に共通する成功の鍵

  1. 長期的視点:短期的な認証取得ではなく、継続的な改善
  2. 実質重視:形式的な対応ではなく、実効性のある取り組み
  3. 協調的アプローチ:サプライチェーン全体での Win-Win 関係構築
  4. 人材投資:プロセスを理解し実践できる人材の育成
  5. 継続的学習:最新動向への対応と新技術への適応

まとめ:Automotive SPICEの真の価値

Automotive SPICEは、自動車業界全体が高品質で安全な製品を効率的に開発するための「共通言語」であり、「改善の道標」です。
立場や規模に関わらず、各組織が自らの状況に応じて適切にAutomotive SPICEを活用することで、個々の組織の競争力向上だけでなく、自動車業界全体の発展に貢献することができます。
技術革新が加速する中、Automotive SPICEも進化を続けています。この変化を恐れず、むしろ機会として捉え、継続的な改善に取り組むことが、未来のモビリティ社会を支える基盤となるでしょう。

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