Automotive SPICE(アセッサー向け)

最終更新日: 2025.06.24

1. はじめに

100年に一度の変革期、なぜ今Automotive SPICEか

自動車業界は今、100年に一度の大変革期を迎えています。CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)やSDVによる技術革新により、自動車はもはや単なる移動手段ではなく、高度にソフトウェア化された移動型コンピュータとなりつつあります。このような状況下で、車載ソフトウェアの品質と開発プロセスの成熟度を客観的に評価・改善するための国際的な枠組みとして、Automotive SPICEが広く採用されています。

本サイトは、日本の自動車業界に携わる技術者、プロジェクトマネージャー、品質保証担当者、そして経営層の皆様に向けて、Automotive SPICEの本質を理解し、実践的に活用していただくことを目的としています。特に、2023年にリリースされたVersion 4.0における重要な変更点や、日本企業が直面する固有の課題への対応方法について、詳細かつ実践的な情報を提供します。

1-1 なぜ今、Automotive SPICEが重要なのか

自動車の電子制御システムは、かつてのエンジン制御やブレーキ制御といった基本的な機能から、現在では自動運転、コネクテッドサービス、OTA(Over-The-Air)アップデートなど、極めて複雑で高度な機能へと進化しています。
このような状況において、車載システム開発プロセスの品質は、製品の安全性、信頼性、そして競争力に直結します。Automotive SPICEは、規格適合のためのチェックリストではなく、開発プロセスの合理性の確認を通じて、組織の継続的な改善と成長を促進するフレームワークとして機能します。

1-2 本サイトの構成と活用方法

本サイトは5章で構成されており、各章は独立して読むことも、通読することも可能です。以下に、読者の立場別の推奨する読み方を示します:

初めてAutomotive SPICEに触れる方

第2章「Automotive SPICE概論」から始めて、第3章「能力レベルと評価モデル」へと進むことをお勧めします。基礎をしっかり理解した後、興味のある分野の章を選択的に読み進めてください。

アセッサー資格取得を目指す方

第5章「アセッサー制度と資格パス」を中心に、第3章、第4章を重点的に学習してください。特に試験対策の節は必読です。

プロジェクトマネージャー・品質保証担当者

第4章「アセスメントプロセス」から始めて、実務に直結する知識を得た後、必要に応じて他の章を参照してください。

1-3 Automotive SPICEの投資対効果

Automotive SPICEへの取り組みは、単なるコストではなく、戦略的な投資です。適切に実施された場合、以下のような具体的な効果が期待できます:

品質向上による手戻り削減

プロセスの成熟度向上により、開発後期での不具合発見が減少し、手戻りコストを30-50%削減できる事例が報告されています。

開発期間の短縮

標準化されたプロセスと効率的なプロジェクト管理により、開発期間を20-30%短縮できる可能性があります。

顧客満足度の向上

OEMからの信頼獲得により、新規受注機会の増加や、より戦略的なパートナーシップの構築が可能になります。

組織能力の向上

継続的な改善文化の定着により、イノベーション創出力と問題解決能力が組織全体で向上します。

2. Automotive SPICE 概論

Automotive SPICEは、車載システム開発向けのプロセス改善・能力判定のフレームワークです。ISO/IEC 15504をベースに、自動車業界特有の要求を反映して開発されました。プロセス参照モデル(PRM)とプロセス評価モデル(PAM)から構成され、組織のプロセス成熟度を客観的に評価します。

2-1 歴史と背景

Automotive SPICEの歴史は、自動車業界におけるソフトウェアの重要性の高まりと密接に関連しています。1990年代後半、車載システムの電子化が急速に進む中、サプライヤーによって開発されるソフトウェア品質の問題が顕在化し始めました。この状況に対応するため、欧州の主要自動車メーカーが中心となって、業界標準のプロセス評価のフレームワークの検討が始まりました。

黎明期(1990年代後半〜2000年代前半)

車載システム、特にソフトウェアの品質を向上するためのアプローチが自動車メーカー各社で検討され、車載システムを開発するサプライヤーに対して要求されるようになりました。ただ、このような課題と対策は、すべての自動車メーカーにとって共通したものであり、その対応として、欧州調達フォーラムの作業部会とSPICEユーザーグループによって自動車向けのSPICEであるAutomotive SPICEを策定する動きが始まりました。SPICE(Software Process Improvement and Capability dEtermination)は、プロセス改善と能力評価(プロセスアセスメント)のための国際規格ISO/IEC 15504であり、Automotive SPICEは、このISO/IEC 15504のフレームワークに基づいて策定されました。

標準化と普及期(2005年〜2010年)

2005年5月にAutomotive SPICEの最初のドラフトV2.0 が公開され、最終ドラフトV2.1を経て、2005年8月に正式版であるV2.2が発行されました。
当時の日本では、欧州完成車メーカーと取引のあるサプライヤーが、先行してISO/IEC 15504に基づいたアセスメント要求を受けてプロセス改善に着手していましたが、Automotive SPICEの正式発行によって、Automotive SPICEが利用されるようになりました。
そのようなニーズから、日本語版のAutomotive SPICE V2.2がビジネスキューブ・アンド・パートナーズによる監修により、2006年6月に発行されました。

Automotive SPICEの正式な発行に伴い、SPICEのアセスメントを行うアセッサーの資格制度を整備し、運用するため、intacs(INternational Assessor Certification Scheme:国際アセッサー認証機構)が設立されました。日本からは、情報処理推進機構とビジネスキューブ・アンド・パートナーズが設立パートナーとしてintacsを支援しました。以来、ビジネスキューブ・アンド・パートナーズは、設立パートナーに加え、intacs認定トレーニングプロバイダー、intacs日本地域代表としてintacsの支援を続けています。

一方、この頃の完成車メーカーの動きに目を向けると、HIS(Herstellerinitiative Software)と呼ばれるドイツ自動車メーカーのグループ(Audi、BMW、DaimlerChrysler(現Mercedes-Benz)、Porsche、Volkswagenの5社)が、サプライヤーに対する共通の要求事項として、Automotive SPICEに基づくアセスメントを掲げ、さらにアセスメント対象となる共通のスコープとしてHISスコープを設定しました。現在、HISは解散していますが、HISスコープは、その後のVDAスコープとして継承されています。
HISが共通の要求事項を掲げたこと、さらにこの時期にドラフトが策定中であった機能安全規格 ISO 26262の対応と合わせてプロセス改善が要求されたことによって、Automotive SPICEが急速に広まっていきました。

成熟期(2010年〜2017年)

この期間は、Automotive SPICEが業界標準として定着し、世界中で広く採用された時期です。日本、韓国、中国、インドなどアジア地域でも急速に普及し、多くのサプライヤーがAutomotive SPICEに基づくプロセス改善に取り組みました。
2010年までは、Automotive SPICEがV2.3、2.4、2.5とマイナーバージョンアップを繰り返しながら広まっていった時期ですが、その後、Automotive SPICEの策定はVDA QMC(ドイツ自動車工業会品質管理センター)の作業部会に引き継がれ、2015年にAutomotive SPICE v3.0がリリースされました。V3.0では、特にエンジニアリングプロセスの構造が見直され、プラグインコンセプトの導入によって、ソフトウェア以外の技術ドメイン(メカ開発、ハードウェア開発など)にもAutomotive SPICEが適用できるように広がっていきました。

2017年のAutomotive SPICE v3.1では、v3.0の課題を修正し、より明確で使いやすいガイドラインが提供されました。このバージョンは長期間にわたって業界標準として使用され、多くの組織がこのバージョンに基づいてプロセス改善を実施しました。

変革期(2018年〜現在)

2018年以降、自動車業界はCASEやSDVといった新しいパラダイムに直面し、Automotive SPICEもこれらの変化に対応する必要が生じました。特に、サイバーセキュリティ、機械学習、ハードウェア開発との統合など、新しい技術領域への対応が求められました。

2023年にリリースされたAutomotive SPICE v4.0は、これらの要求に応える大規模なアップデートとなりました。主な変更点には以下が含まれます:

  • ハードウェア開発プロセスの追加
  • 機械学習システム開発への対応
  • プロセス構造の再編成と明確化

2-2 PRM と PAM の構造

Automotive SPICEの中核を成すのは、プロセス参照モデル(PRM: Process Reference Model)とプロセス評価モデル(PAM: Process Assessment Model)の2つの要素です。これらは相互に補完し合い、組織のプロセス能力を包括的に評価するフレームワークを形成します。

プロセス参照モデル(PRM)の詳細

PRMは、自動車業界のソフトウェア開発に必要なプロセスを体系的に定義したモデルです。各プロセスは以下の要素で構成されます:
プロセスID:各プロセスを一意に識別するための記号(例:SWE.1、MAN.3)
プロセス名:プロセスの内容を表す名称(例:Software Requirements Analysis、Project Management)
プロセス目的:そのプロセスが達成すべき高レベルの目的の記述
プロセス成果:プロセスが適切に実施された場合に期待される具体的な成果のリスト

Automotive SPICE v4.0では、プロセスは3つの主要カテゴリに分類されています:

  1. 主要ライフサイクルプロセス群
    製品やシステムの開発に直接関わるプロセス群です。
  2. 支援ライフサイクルプロセス群
    開発活動を支援する横断的なプロセス群です。
  3. 組織ライフサイクルプロセス群
    組織の目標を達成するためにプロセス・製品・リソースの資産を整備し継続的に改善するプロセスが含まれます。

プロセス評価モデル(PAM)の詳細

PAMは、PRMで定義されたプロセスの実施レベルを評価するための詳細なガイドラインを提供します。PAMの主要な構成要素は以下の通りです:

プロセス指標(Process Indicators)
各プロセスの実施を評価するための具体的な指標です。以下の2種類があります:
1. 基本プラクティス(Base Practices):プロセス目的を達成するために実施すべき基本的な活動
2. 情報項目(Information Item):プロセス実施の結果として作成される成果物

能力指標(Capability Indicators)
プロセスの能力レベルを判定するための指標です:
1. 共通プラクティス(Generic Practices):すべてのプロセスに共通して適用される管理プラクティス
2. 共通リソース(Generic Resources):プロセス実施に必要なリソース(人材、ツール、インフラなど)

2-3 Automotive SPICE の位置づけと適用範囲

Automotive SPICEは、自動車業界のソフトウェア開発における品質保証と改善のエコシステムの中で、特別な位置を占めています。その位置づけと適用範囲を理解することは、効果的な導入と活用のために不可欠です。

規格・標準との関係性

Automotive SPICEは、他の重要な規格や標準と密接に関連しており、それぞれが補完的な役割を果たしています:

ISO 26262(機能安全)との関係
ISO 26262は、自動車の電気・電子システムの機能安全に関する国際規格です。機能安全に関連する製品の開発の場合、Automotive SPICEのアセスメントは安全要求を含めた機能安全の合理的な実現が出てきていることをプロセス能力の側面から評価されます。

ISO/SAE 21434(サイバーセキュリティ)との関係
2021年に発行されたISO/SAE 21434は、自動車のサイバーセキュリティに関する規格です。機能安全と同様に、Automotive SPICEのアセスメントではその合理性がプロセス能力の側面から評価されます。特にサイバーセキュリティに関しては、Automotive SPICE for Cybersecurityとして定義されたプロセスが存在しており、これらを通じてより実践的な観点が評価されます。

実際の開発プロジェクトでは、開発対象の特性によって、機能安全やサイバーセキュリティの重要度が異なります。そのため、下図に示すように、Automotive SPICEと各関連規格の関係性は、プロジェクト毎に柔軟に解釈されます。

相関関係の重要ポイント

補完的関係

各規格は独立して機能しながら、相互に補完し合い、総合的な品質保証を実現

プロセス評価の統一

Automotive SPICEが機能安全とサイバーセキュリティの要求をプロセス面から評価

特化した拡張

Automotive SPICE for Cybersecurityなど、特定領域に特化した評価プロセスの提供

統合的アプローチ

3つの規格を統合的に適用することで、包括的な品質・安全・セキュリティを確保

グローバルな採用状況と地域特性

Automotive SPICEは、世界中で採用されていますが、地域によって特徴があります:

欧州
発祥の地であり、最も成熟した市場です:

  • ドイツOEMはほぼ100%採用
  • 能力レベル3要求が一般的
  • サプライヤー選定の必須条件

日本
独自の品質文化との融合が特徴です:

  • 2010年代から本格的に普及
  • 日本的品質管理手法との統合
  • 詳細な文書化よりも実践重視の傾向

中国
急速に成長している市場です:

  • NEV(新エネルギー車)メーカーが積極採用
  • 政府による推進政策
  • グローバル市場参入の手段として活用

北米
従来はCMMI中心でしたが、変化しています:

  • 欧州系OEMの影響で採用増加
  • テスラなど新興メーカーは独自アプローチ
  • アジャイル開発との統合に注力

業界トレンドと将来展望

Automotive SPICEは、自動車業界の変革に合わせて進化を続けています:

ソフトウェア定義車両(SDV)への対応
車両機能がソフトウェアで定義される時代に向けて:

  • 継続的デリバリープロセスの強化
  • OTAアップデート対応プロセス
  • クラウド連携開発の標準化

アジャイル・DevOpsとの統合
従来のV字モデルから、より柔軟な開発手法へ:

  • イテレーティブ開発プロセスの評価方法
  • 継続的統合/継続的デプロイメント(CI/CD)の組み込み
  • プラグインコンセプトによる拡張性

3. 能力レベルと評価モデル

Automotive SPICEの能力レベルは0から5までの6段階で定義され、各レベルは特定のプロセス属性の達成度によって判定されます。評価にはN-P-L-Fスケールが使用され、組織は段階的にプロセス能力を向上させることができます。本章では、各能力レベルの詳細と効果的な向上戦略を解説します。

3-1 能力レベル 0–5 の概要

Automotive SPICEにおける能力レベルは、プロセスの成熟度と管理の洗練度を示す指標です。各レベルは累積的であり、上位レベルを達成するためには、それ以下のすべてのレベルの要求を満たす必要があります。この階層構造により、組織は段階的かつ体系的にプロセス改善を進めることができます。

能力レベル0:不完全なプロセス(Incomplete Process)

能力レベル0は、プロセスが実施されていないか、その目的を達成できていない状態を示します。この段階の特徴は:

  • プロセスの目的が部分的にしか達成されていない
  • 体系的なアプローチが存在しない
  • 作業成果物が不完全または存在しない
  • プロセス実施が個人の能力に大きく依存
  • 再現性がなく、結果が予測不可能

例えば、ソフトウェア要求分析(SWE.1)がレベル0の場合、要求文書は存在するかもしれませんが、体系的な分析が行われておらず、重要な要求が欠落していたり、曖昧な記述が多く含まれていたりします。

能力レベル1:実施されたプロセス(Performed Process)

能力レベル1では、プロセスの目的が達成されています。主な特徴:

  • すべての基本プラクティスが実施されている
  • 必要な作業成果物が作成されている
  • プロセス目的に関連する成果が達成されている
  • ただし、計画性や管理は不十分な可能性がある

このレベルでは、「何を」すべきかは達成されていますが、「どのように」実施するかについての標準化や管理はまだ確立されていません。例えば、コードレビューは実施されているが、レビュー基準や手順が明確でない状態です。

能力レベル2:管理されたプロセス(Managed Process)

能力レベル2は、多くのOEMが最小要求とするレベルです。このレベルの特徴:

  • プロセスの実施が計画され、監視されている
  • 作業成果物が確立され、制御されている
  • 責任と権限が明確に定義されている
  • 必要なリソースが配分されている
  • ステークホルダー間のインターフェースが管理されている

レベル2では、プロジェクト管理の基本的な要素が確立されています。例えば:

管理側面具体的な実践
計画WBS作成、スケジュール策定、リソース計画
監視進捗追跡、定期的なレビュー、偏差分析
調整是正措置の実施、計画の更新
成果物管理構成管理、版数管理、レビュー実施

能力レベル3:確立されたプロセス(Established Process)

能力レベル3では、組織標準プロセスが確立され、プロジェクトはこれをテーラリングして使用します:

  • 組織標準プロセスが定義されている
  • プロセス資産(テンプレート、チェックリスト、ガイドライン)が整備されている
  • 標準プロセスからのテーラリングが管理されている
  • プロセス実施に必要な役割とコンピテンシーが定義されている
  • プロセス改善のためのフィードバック機構が存在する

このレベルの重要な概念は「組織的な標準化」です。個々のプロジェクトが独自の方法を採用するのではなく、組織として承認された標準的なアプローチに基づいて活動します。

能力レベル4:予測可能なプロセス(Predictable Process)

能力レベル4では、定量的な管理が導入されます:

  • プロセスパフォーマンスの定量的目標が設定されている
  • 測定データが体系的に収集・分析されている
  • 統計的手法を用いたプロセス管理
  • プロセスの変動が理解され、制御されている
  • 将来のパフォーマンスが予測可能

例えば、コードレビューのプロセスにおいて:

  • 欠陥検出率の目標値:70%以上
  • レビュー速度の基準:200LOC/時間
  • 統計的プロセス管理(SPC)チャートによる監視
  • 異常値の検出と原因分析

能力レベル5:革新しているプロセス(Innovating Process)

最高レベルである能力レベル5では、継続的な革新と最適化が行われます:

  • プロセス革新の機会が体系的に識別される
  • 業界のベストプラクティスが評価・導入される
  • 革新的な技術やアプローチが試行される
  • 改善の効果が定量的に評価される
  • 成功した革新が組織全体に展開される

このレベルでは、現状に満足することなく、常により良い方法を追求します。例えば、AI/機械学習を活用した自動コードレビュー、予測的品質管理、自動化されたテスト生成などの先進的な取り組みが含まれます。

3-2 プロセス属性と N-P-L-F 評価スケール

能力レベルの判定は、プロセス属性(Process Attributes)の達成度評価に基づきます。各能力レベルには特定のプロセス属性が関連付けられており、これらの属性はN-P-L-F評価スケールを用いて評価されます。

プロセス属性の詳細
Automotive SPICEでは、9つのプロセス属性が定義されています:

能力レベルプロセス属性属性の焦点
レベル1PA 1.1 プロセス実施プロセス目的の達成
レベル2PA 2.1 実施管理計画、監視、調整
PA 2.2 作業成果物管理成果物の品質と完全性
レベル3PA 3.1 プロセス定義標準プロセスの確立
PA 3.2 プロセス展開標準プロセスの実施
レベル4PA 4.1 定量的分析測定と分析
PA 4.2 定量的制御統計的管理
レベル5PA 5.1 プロセス革新革新の識別と評価
PA 5.2 プロセス最適化継続的改善の実施

N-P-L-F 評価スケールの詳細
各プロセス属性の達成度は、以下の4段階スケールで評価されます:

  • 体系的なアプローチが見られない
  • 散発的または偶発的な実施のみ
  • 重要な側面が欠落している

P – Partially achieved(部分的達成):15~50%
プロセス属性の達成に向けた体系的なアプローチの証拠があるが、一部の側面で弱点がある状態。

  • 基本的な実施は確認できる
  • 一貫性に欠ける部分がある
  • いくつかの重要な要素が不足

L – Largely achieved(概ね達成):50~85%
プロセス属性の達成に向けた体系的なアプローチの証拠があり、重要な弱点がない状態。

  • ほとんどの側面で適切に実施
  • 軽微な弱点はあるが、重大な問題はない
  • 改善の余地は残されている

F – Fully achieved(完全達成):85~100%
プロセス属性を完全に達成している証拠があり、重要な弱点がない状態。

  • すべての側面で体系的に実施
  • 継続的で一貫性のある証拠
  • 効果的な実施が確認できる

評価における証拠の重要性

N-P-L-F評価は、客観的な証拠に基づいて行われます。証拠の種類には以下があります:
直接証拠

  • インタビューでの実担当者からの証言
  • 作業成果物(文書、コード、テスト結果など)
  • 記録(会議議事録、レビュー記録、測定データなど)
  • ツールからの出力(構成管理ログ、欠陥追跡システムなど)

確証(Affirmation)

  • 複数の独立した情報源からの一貫した証言
  • 異なる役割の人々からの確認
  • 時系列での一貫性

能力レベル判定ルール

能力レベルの判定には、厳格なルールが適用されます:

  1. 下位レベルの充足要求
    上位の能力レベルを達成するためには、それ以下のすべてのレベルの要求を満たす必要があります。
  2. プロセス属性の最小達成度
    各能力レベルに必要な達成度:
  • レベル1:PA 1.1が「L」以上
  • レベル2:PA 1.1が「F」、PA 2.1とPA 2.2が「L」以上
  • レベル3:レベル2のPAが「F」、PA 3.1とPA 3.2が「L」以上
  • レベル4以上:同様のパターン

4. アセスメントプロセス

Automotive SPICEアセスメントは、計画、実行、報告の3つのフェーズで構成される体系的なプロセスです。適切な準備と実施により、組織の真のプロセス能力を明らかにし、効果的な改善への道筋を示すことができます。本章では、各フェーズの詳細な実施方法とツール活用について解説します。

4-1 計画フェーズ(スコープ設定・アセスメント計画書作成)

アセスメントの成功は、綿密な計画から始まります。計画フェーズは通常、実際のアセスメント実施の4-8週間前から開始され、すべての関係者が共通の理解と期待を持つことを確実にします。

アセスメントの目的と種類の明確化

まず、アセスメントの目的を明確に定義する必要があります:

アセスメントタイプ主な目的特徴期間
能力判定アセスメントサプライヤー選定、契約要件確認厳格3-5日
改善アセスメント改善機会の特定、ベースライン確立詳細な分析5-10日
進捗確認アセスメント改善活動の効果測定焦点を絞った評価3-5日
ギャップ分析目標レベルとの差異分析効率重視、重点領域に集中3-5日

スコープ設定の詳細プロセス

1. プロセススコープの決定
評価対象プロセスの選定は、組織のビジネス目標と密接に関連させる必要があります。
標準的なスコープオプション:
・システムレベルを自社で開発しており、ハードウェア、ソフトウェアの開発を外部委託している場合
MAN.3、ACQ.4、SUP.1、SUP.8-10、SYS.2-5

・機械学習モデルを含むソフトウェアを自社で開発している場合
MAN.3、SUP.1、SUP.8-11、SWE.1-6、MLE.1-4

2. 目標能力レベルの設定
能力レベル1:プロセス改善着手の初期段階において、属人的でも良いので最低限の作業成果物が作成されていることを評価したい場合。(品質には言及しない)

能力レベル2:プロジェクトの活動が計画に基づいて適切に管理され、作業成果物の品質が保証できる状態になっていることを評価したい場合。

能力レベル3:組織内においてプロセスが再現性のある形で実行されることが保証できる状態になっていることを評価したい場合。

アセスメントチームの編成

効果的なアセスメントチームの構成:

  • リードアセッサー(1名)
    • Competent Assessor以上の資格
    • 該当ドメインの深い知識
    • 優れたコミュニケーション能力
    • 文化的感受性
  • アセッサー(1-3名)
    • Provisional Assessor以上
    • 専門領域の補完(HW、SW、システム)
    • 言語能力(必要に応じて)
  • オブザーバー(必要に応じて)
    • 将来のアセッサー候補
    • プロセス改善推進者
    • アセスメントを受審予定の他のプロジェクトメンバー

4-2 実行フェーズ(インタビュー・エビデンス収集)

実行フェーズは、アセスメントの中核であり、組織の実際のプロセス実施状況を詳細に評価します。このフェーズの品質が、アセスメント結果の信頼性と有用性を決定します。

効果的なインタビュー技法

質問タイプ目的
オープン質問幅広い情報収集「要求管理プロセスについて説明してください」
プローブ質問詳細の掘り下げ「その際の承認プロセスはどうなっていますか?」
仮説質問理解の確認「つまり、すべての変更は必ずCCBを通るということですね?」
行動質問実例の引き出し「最近の要求変更の具体例を教えてください」
反証質問一貫性の確認「緊急時の例外処理はありますか?」

文化的配慮とコミュニケーション

日本の組織でのインタビュー特有の配慮事項:

  • 階層意識への配慮:上司の前での率直な発言の困難さ
  • 間接的表現の理解:「検討します」「難しいですね」の真意
  • 集団主義的傾向:個人よりチームとしての回答
  • 完璧主義:問題を認めることへの抵抗
  • 詳細重視:具体的な証跡への強いこだわり

対応策:

  • 個別インタビューの機会を増やす
  • 改善志向であることを強調
  • 小さな成功事例から始める
  • チーム全体の努力を認識し評価

4-3 報告フェーズ(レーティング・レポート作成)

報告フェーズは、収集した情報を統合し、組織に価値ある洞察と改善への道筋を提供する重要な段階です。

報告書の構成と内容

標準的なアセスメント報告書の構成:

  1. アセスメント計画(2-3ページ)
    • アセスメントの目的と範囲
    • アセスメント対象プロジェクト、利害関係者
    • アセスメント活動、インタビュースケジュール
  2. 全体サマリー(1-2ページ)
    • 全体を通じた強み、弱み
    • 改善点
    • アセッサーからのコメント
  3. プロセス毎の結果の詳細(15-50ページ)
    • 指標毎の評定
    • 強み、弱みの詳細
    • 改善点、アセッサーからのコメント
  4. 付録(必要に応じて)
    • 詳細なエビデンスリスト
    • ガイドライン順守状況

5. アセッサー制度と資格パス

Automotive SPICEアセッサーは、組織のプロセス能力を客観的に評価する重要な役割を担います。資格体系はProcess ExpertからPrincipalまで4段階あり、さらにサイバーセキュリティ、ハードウェア、機械学習の拡張資格も用意されています。本章では、各資格の要件、試験対策、実務経験の積み方を詳しく解説します。

5-1 アセッサーランク

Automotive SPICEアセッサー資格は、評価者の知識、スキル、経験を段階的に認定する体系的な制度です。各レベルは明確な要件と責任範囲を持ち、アセッサーとしてのキャリアパスを形成します。

Process Expert(プロセスエキスパート)

Process Expertは、Automotive SPICEの基礎知識を持つ入門レベルの資格です:
資格要件:

  • intacs®認定トレーニングプロバイダーによる4日間のコース修了
  • 試験の合格
  • 実務経験は不要

知識範囲:

  • Automotive SPICEモデルの構造と概念
  • プロセスアセスメントモデル(PAM)の基礎
  • Automotive SPICEガイドラインの基礎(評定以外の内容)
  • 能力レベルとプロセス属性

活動可能範囲:

  • プロセスの専門家として、プロセス改善活動を支援する
  • アセスメントチームメンバーとしての参加はできない

Provisional Assessor(プロビジョナルアセッサー)

Provisional Assessorは、リードアセッサーの監督下でアセスメントを実施可能なアセッサー資格です。
資格要件:

  • Process Expert資格の保持
  • 4日間の認定トレーニング修了
  • 試験の合格
  • 1年以上の自動車業界でのエンジニアリング経験

追加される知識・スキル:

  • インタビュー技法
  • エビデンス評価手法
  • レーティング決定プロセス

活動可能範囲:

  • リードアセッサー監督下でのアセスメント参加
  • 任された範囲でのアセスメント計画、インタビュー、報告書作成

Competent Assessor(コンピテントアセッサー)

Competent Assessorは、リードアセッサー(アセスメントチームのリーダー)としてアセスメントを実施できる資格です:
資格要件:

  • Provisional Assessor資格の保持
  • 認定トレーニング修了
  • 試験の合格
  • 最低5件のアセスメント参加経験
  • オブザベーション合格

要求されるコンピテンシー:

  • アセスメントを主導できる能力
  • 複雑な状況での判断力
  • 効果的なコミュニケーション能力
  • 文化的感受性と適応力

活動範囲:

  • アセスメントのリード
  • Provisional Assessorの監督・指導

Principal Assessor(プリンシパルアセッサー)

Principal Assessorは、最高レベルの専門性と指導力を持つ資格です。
資格要件:

  • Competent Assessor資格を3年以上保持
  • 豊富なリードアセッサー経験
  • 業界への貢献(書籍・論文等の執筆、講演、イベントの運営など)

期待される役割:

  • SPICEの普及、発展への貢献

5-2 エクステンション資格

Automotive SPICE では、特定の技術領域に特化したエクステンション資格が新設されました。これらの資格は、基本的なアセッサー資格に加えて取得する専門資格です。

Cybersecurity Extension(サイバーセキュリティ)

Automotive SPICE for Cybersecurityに基づくアセスメントを可能にする資格:
前提条件:

  • Provisional Assessor以上の資格保持
  • ISO/SAE 21434の基礎知識

追加トレーニング内容:

  • Automotive Cybersecurity PAMの詳細
  • 脅威分析とリスク評価(TARA)
  • セキュリティアーキテクチャ評価
  • 侵入テストとセキュリティ検証

Hardware Extension(ハードウェア)

ハードウェア開発プロセスのPAMに基づいたアセスメントを可能にする資格:
前提条件:

  • Provisional Assessor以上の資格
  • ハードウェアエンジニアリングの基礎知識

専門知識領域:

  • HWEプロセス群の詳細理解
  • ASIC/FPGA開発プロセス
  • ハードウェア検証手法

Machine Learning Extension(機械学習)

AI/ML システム開発プロセスのアセスメントが可能となる資格:
前提条件:

  • Provisional Assessor資格
  • 機械学習プロジェクト、データサイエンスの基礎知識

特殊な評価スキル:

  • データ品質とガバナンス評価
  • モデル開発プロセスの成判定
  • バイアスと公平性の評価

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