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自動車業界におけるアジャイル導入について(前半)

昨年の2021年はアジャイルソフトウェア開発宣言が行われてから20年の節目の年でした。その間、Webアプリケーションをはじめ、多くの分野ではアジャイルなソフトウェア開発が浸透し、もはやデファクトとも言える状態になっています。それを象徴するように昨年8月に発表されたPMBoK第7版では、「成果物を届ける」ことから「価値を届ける」ことへと目的が大きく変更されています。それはすなわち、現代的なソフトウェア開発手法がウォーターフォールからアジャイルへと移行したととらえることもできます。

一方、自動車ソフトウェアを含む組み込みソフトウェアの開発では、ハードウェアとのインテグレーションの難しさなどからアジャイル開発手法がなかなか広まらない状況が長く続いていたように思われます。しかし、開発ツールやシミュレーション技術の発達などもあり、1990年代後半あたりから欧州OEMを筆頭に自動車産業でもアジャイル開発手法の導入事例が多く発表されるようになってきました。

筆者が自動車産業でも今後はアジャイル開発手法の導入が一層加速するだろうと確信したのは2019年にドイツのフランクフルトで開催された第5回 Agile in Automotive Conference (1) に参加した時でした。カンファレンスでは複数の自動車OEMおよびサプライヤーが自社のアジャイル導入事例を発表していましたが、各社に共通していたのはアジャイル導入に至った背景でした。それは、技術や市場のトレンドがかつてない速さで変化していく現代において、会社経営そのもののスピードを向上させる必要性です。

このような経営そのものの俊敏性を向上させる取り組みはデジタル変革(Digital Transformation)になぞらえ、アジャイル変革(Agile Transformation)と表現されていました。ここで見逃してはならないのは、自動車ソフトウェアにおけるアジャイル導入の進展は、単に他の分野でのアジャイル開発手法の広まりを受けてのことではないということです。欧州OEMおよびサプライヤーはアジャイル変革の名のもとに経営のスピードアップを進めており、迅速な経営判断にソフトウェアを含む製品開発が追従できるようにするための実現手段としてアジャイル開発手法の適用が進められているように思えます。このような背景を考慮すると、自動車開発、とりわけソフトウェア開発においてはアジャイル導入の勢いは増すことはあっても衰えることはないのではないでしょうか。実際、欧州OEMの中にはサプライヤーに対しソフトウェア開発にアジャイル手法を導入することを要求している会社もあります。

このような欧州OEMの要請を受けて昨年7月にはVDAからAgile SPICEのプロセスリファレンスモデル(PRM)とプロセスアセスメントモデル(PAM)が発行されました(以下ではこのドキュメントをAgile SPICE PRM/PAMと表記します)。Agile SPICE PRM/PAMは、開発者がAutomotive SPICEの要求事項を満たしながらアジャイル原則に則った改善活動を行うこと、そしてアセッサーがアジャイル手法を適用しているプロジェクトに対しAutomotive SPICEの意図に基づいたアセスメントを実施することを支援する目的で作成されています。そのため、Agile SPICE PRM/PAMではAGL.1 Agile Work Management、AGL.2 Partner Collaboration Management、AGL.3 Agile Quality Assuranceの3つのプロセスを定義し、Automotive SPICE 3.1プロセスとの間での対応関係を整理しています。

また、Agile SPICE PRM/PAMはAutomotive SPICE 3.1のエンジニアリングプロセスに対して、プロセスの意図を踏まえつつアジャイルプラクティスを実施するためのヒントが提供されています。同様に、サポートプロセスに対しても開発者およびアセッサーがアジャイルの文脈におけるプロセス要求を解釈するのを支援するための注記が提供されています。このようにAgile SPICE PRM/PAMでは従来のAutomotive SPICEの要求事項を満たしつつ、アジャイルな開発を行うための考え方が示されています。

ここまで、欧州を筆頭に自動車産業でアジャイル開発手法が普及し始めた背景から、昨年発行されたAgile SPICE PRM/PAMの概要までを解説しました。次回のメルマガでは、Agile SPICE PRM/PAMの内容についてより詳しくお伝えする予定です。

2022/11/30 蛸島 昭之

(1)Agile in Automotiveに関しては2019年のメルマガでもご紹介していますので、興味のある方はそちらも併せてご参照ください。
https://biz3.co.jp/download/2736