航空の型式認証を乗り越える:車載開発プロセスの活用事例
1. 大阪・関西万博に見る型式認証の壁
大阪・関西万博の「空飛ぶクルマ」のデモ飛行をすでに見られた方がいるかも知れません。当初の計画は来場者を乗せた商用運航でしたが、型式証明など基準や制度の遅れ、安全優先の判断などの理由によりデモ飛行に変更されました。新たに「空飛ぶクルマ」の開発に参入する方にとって「型式認証」に関わる対応が大きな障壁となる可能性があります。開発初期から当局との調整、開発保証や安全性評価の理解、計画文書やデータ(開発文書)をゼロから整備するのは容易ではありません。その一例として、計画の提出を要求され、開発ガイドラインを読んだが何をすればいいのか書いていない――このようなご相談が過去にありました。
今回は、民間航空機(空飛ぶクルマを含む)のシステム開発に参入されている方、今後に備えて関心をお持ちの方に向けて、航空の開発保証プロセス(※1)で求められる開発プロセスの準備に役立つ活用事例をご紹介します。この活用事例を理解する前提として、航空と車載の開発プロセスに関わる規格やガイドライン等の特徴に触れます。
2. 航空と車載の開発プロセスに関わる規格やガイドラインの違い
両分野で使われている開発プロセスに関わる規格やモデルの発行を時系列で追うことにより特徴が見えてきます(図1参照)。例えばDO-178(ソフトウェアの開発ガイドライン)、ARP4754(システムの開発ガイドライン)、DO-254(ハードウェアの開発ガイドライン)が早期に発行されました。Automotive SPICE(以下、A-SPICE)やISO 26262(機能安全)はその後に登場しています。また安全分析手法も航空分野が先行していました。航空の各ガイドラインの発行時期や発行団体が異なるため、ガイドライン間の内容の不整合があり、開発活動のつながりを理解する難しさを感じます。
後発のA-SPICE、ISO 26262、ISO 21434(サイバーセキュリティ)等は、エンジニアリングのトレンドを取り入れ、内容は構造化され、それぞれひとつの文書にまとめられています。1つの文書でシステム、ハードウェア、ソフトウェアなど複数のドメインを扱っているため、ドメイン間のつながりは航空のガイドラインと比べて理解が容易です。

3. 車載開発プロセスの活用事例
航空と車載で認証制度の違い、安全性評価プロセスとその前提となる考え方、用語の違い、プロセスの建て付け等さまざまな違いはあります。両方を知る私たちの経験では、開発プロセスの視点から見れば同じような活動、同じような成果物と捉えられます。
例えばARP4754Bでは、開発活動と並んで、支援系活動の一つである「形態管理プロセス」の実行が要求されます。このプロセスは、成果物、データ、記録が後で参照できる、解析やテストなどで生成されたデータ、その生成に使用された方法(ツール構成と運用)が後で再現できることを目的とした活動です。この目的から考えられる重要なポイントは、成果物や使用ツールの管理、それらの変更の管理(変更の切っ掛けを含む)、長期保存と復元方法です。認証視点では、これらのポイントを考慮した形態管理活動の「計画」をプロジェクト開始時に策定します。
形態管理計画の要件として、「計画には、手順、ツール、方法、標準、組織の責任とインタフェースを含む形態管理の環境を記述する」といった内容が定義されています。この一文では形態管理計画の完成イメージを持つのは難しいのではないでしょうか。形態管理プロセスの目的から、用語とプロセスの建て付けは異なりますが、A-SPICEやISO 26262の構成管理、問題解決管理および変更管理プロセスの内容は形態管理計画の理解や作成を助けてくれます。例えばこれら3つのプロセスの計画があれば、形態管理計画をゼロから検討する必要はありません。プロセスの計画内容に、確実に過去のある時点での成果物やデータの状態に辿り着く仕組み、長期間保存されたライブラリの復元方法の視点を付加することで、形態管理計画を策定できます。このアプローチは、ARP4754の計画プロセス、統合プロセス、開発プロセスの各活動や成果物について応用可能です。またARP4754以外のガイドラインの場合でも応用できます。

4. まとめ
民間航空機システムの開発プロセス(開発業務の流れや手順、型式認証に必要なデータ)を準備するときには、後から体系的かつコンパクトにまとめられたA-SPICEやISO 26262などは航空の開発ガイドラインの理解や不足している情報を補うのに役立ちます。航空当局やOEMと開発プロセスの認識合わせをする際、前例がない場合にはARP4754とその独自の解釈で調整を進めるよりは、参照した車載システム開発の規格や開発プロセスの活用があれば円滑に話を進めることができるのではないかと感じます。
今回ご紹介した車載システムの開発プロセスを活用するアプローチが、皆様の型式認証の対応や開発プロセスを準備する取り組みの一助となれば幸いです。弊社ホームページのリニューアル後に航空分野のより具体的なアプローチを公開(25年6月予定)します。メールマガジン等を通じてご案内いたしますので、関心をお持ちの方はぜひご覧ください。
※1 開発プロセスにおいて品質を担保し、要求を満たす成果物を確実につくるための体系的な活動
2025/05/14 西門 克郎